APUの今村正治副學長

 「ああ、出口さんが學長になった、あの!」

 2017年12月以來、「APU(立命館アジア太平洋大學)の今村です」と名刺交換すると、たいていこのような反応が返ってくるようになりました。公募で選ばれた學長がいろいろな方に知られている――それだけでなく慕われ、尊敬されている。これは、とても誇らしいことです。

 はじめまして、APU副學長の今村正治と申します。「國際學生が半分を占める大學を別府に立ち上げよう」と計畫が持ち上がった頃から、20年以上APUに攜わっている「古株」です。

 開學事務局の課長として、いま思い返しても「まあ、よくぞやりきったな」とあきれてしまうくらい泥臭い開學準備に奔走。無事開學してからも、さらにいい大學にすべく國內外を飛び回ってきました。

 そんな私が今回「學長日記」のはし休め(?)に呼ばれたのは、出口さんが學長になった経緯をお話しするため。出口さんは選出の経緯を詳しくは知りませんから、舞臺裏については今村に、というわけで私にお鉢が回ってきたのです。

 まず大前提としてお話ししておくべきは、立命館の組織について。

 

 立命館は2つの大學、4つの中高一貫校、1つの小學校で構成される學校法人です。その経営のトップに理事長がおり、教學のトップに総長である立命館大學の學長、そして4人の副総長と続きます。

 この副総長の1人が、APUの學長を擔當することになっています。一般企業でいうと持ち株會社の副社長をこなしながら事業會社の社長に就くようなイメージですね。この「副総長兼APU學長」の人事は、総長が理事長と協議し理事會に推挙し、理事會で決定するというのがこれまでの手続きでした。

 そして、もう一つの大前提が、立命館に限らず、日本の大學、特にほとんどの伝統大學では學長を「身內」から選ぶのが慣例である、ということです。APU初代學長の坂本和一さん、2代目學長のモンテ?カセムさん、お二人はいずれも、もともとは立命館の教授でしたし、3代目學長の是永駿さんは元大阪外大の學長でしたが、上記の手続きで、いわば學校法人の學園內人事としての就任でした。

 さて、以上の大前提を踏まえて、本題はここから。

 どうしてAPUは、學長を「自分たちで」「外から」連れてくることができたのでしょうか。さらにはどうして、そうする必要があったのでしょうか。

侃々諤々(かんかんがくがく)の議論の末に

 3代目の是永學長は、早い段階で「次の任期を終えたら學長の座を退く」と意思表示されていました。つまり2018年1月1日から、別の誰かが新しい學長になることはほぼ決まっていた。そこで我々、APUの人間が聲を挙げ始めたのが、2016年の春でした。

 グローバルな認証(AACSB、のちにTedQual)を取得し、教育や環境が高く評価され、大學ランキングにも載るようになった。大分県別府市という土地で立命館ブランドだけに頼らず歩んできた誇りもあるし、経営面でもAPU単體で黒字になった。そして2020年には、いよいよ開學20周年を迎える。

 そんなタイミングでの學長交代でしたから、チャンスだと思いました。「総長が推挙した副総長」をただ単に受け入れるのではなく、「自分たちの學長」を自分たちの手で選出することが、本當の自立につながるのではないかというAPUの教職員の素直な願いではないかと思ったからです。

 APU學長の選び方案件は、學園のある委員會での検討事項になりました。私はそのメンバーとして、時にはエキサイトしたり(笑)。それはもう粘り強くやりました。しかし、なかなか委員會で、「イエス」はもらえませんでした。

 というのも、立命館は総長の選び方もユニークで、「立命館民主主義」を象徴する仕組みなのです。法人に勤める教職員や學生、卒業生や保護者代表、そして高校生までを有権者とする選挙で、400人ほどの「選挙人」を選ぶ。そして彼ら、彼女らがそれぞれ票を投じて総長を選出する。つまり、間接民主制によって総長は選ばれている。

 こうした仕組みを踏まえて、「みんなで選んだ総長がAPU擔當の副総長、つまりAPU學長を任命するのは當たり前である、何も選び方を変える必要はない」という論理を突きつけられたわけです。

 総長、副総長をトップとする學園の形を守るべきという意見と、みんなの総意で自分たちの學長を選びたいというAPUの意向がありました。どちらにも大義があります。

 ですから、議論は1年以上にもわたる長丁場に発展しました。「次回から検討するから、4代目は諦めたらどうか」とまで言われましたが、「イヤです」と粘りました(笑)。

 APUの教職員の顔が浮かびますからね、引くわけにはいかないのです。最終的に、何とか理事會に「APUの學長候補者をAPUが推薦すること」を承認してもらえました。

 そうして、私たちは最終候補となる2人以上を選出し、総長に推挙する。その最終候補から総長が理事長と協議して、1人を選んで理事會にかける。要は、最後のプロセスだけは、いままでと同じようにということになったわけです。これは、APUにとっては歴史的な前進でした。

 さて、2017年5月。外國籍4人、女性3人を含む教職員?卒業生の合計10人からなる「學長候補者選考委員會」が発足し、本格的な選考がスタートしました。委員長は理事代表の私になりました。ちなみに、出口さんはこの委員會こそがAPUのダイバーシティを體現している、といつもおっしゃっていますね。

コメント0件コメント/レビュー

オススメ情報

「APU學長日記」のバックナンバー

一覧

「APU副學長が解説! こうして出口學長が選ばれた」の著者

出口 治明

出口 治明(でぐち?はるあき)

立命館アジア太平洋大學(APU)學長

1948年生まれ。京都大學を卒業後、日本生命保険に入社。同社を退職後、2006年にネットライフ企畫設立、代表取締役就任。2008年にライフネット生命保険に社名変更。2013年6月より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時點のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー?コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

影響力がある方々の発信力や突破力につないで実現にこぎ著けるほうが多かった。

保岡 興治 元法相、自民黨憲法改正推進本部特別顧問

奖金最高的彩票
<td id="cz0fq"></td><small id="cz0fq"></small>

<output id="cz0fq"></output>
<label id="cz0fq"></label>
  • <dl id="cz0fq"><menu id="cz0fq"></menu></dl>
  • <td id="cz0fq"></td><small id="cz0fq"></small>

    <output id="cz0fq"></output>
    <label id="cz0fq"></label>
  • <dl id="cz0fq"><menu id="cz0fq"></menu></dl>